セクシャルヒューマノイドの倫理とLGBTについて
タイトルがうまくまとまらなかったのでとりあえずこれにしておきます。
お早うございます、寝過ぎです。
夜更かししているとTogetterでこんなまとめを見つけました。
詳しい内容はまとめを見てもらうとして、簡単に言うとBBCでセクシャルヒューマノイド、言い換えるならセックスロボットの工場に取材に行ったところ明らかに子供のものもいて取材していた方が拒絶反応出ちゃって…みたいなもの。
少女型のセックスロボットは倫理的にどうなんよ?ってのがその人の言いたいことで、対してセックスロボットの工場長は「法律的には問題ないと思うけど、私も思うところがあるから国内限定で販売してるんだよ」って話。噛み合って無いと思うけどまぁそうなんやなと。
どうなんでしょうねーこういうの。
ここから話が飛びます。
そもそもの話少女型のセックスロボットを購入する人がいわゆる”ロリコン”だとしましょう。その”ロリコン”とは一体なんなのかということをふと考えたわけです。
Wikipediaには「幼女・少女への性的嗜好や恋愛感情のこと。」とあるのでまずは性的嗜好だと考えます。
そんなことをおもっているとふと、LGBTって性的嗜好なのか?という考えが過りました。(LGBTに関して不勉強なので詳しい方居たら教えてください。)
まぁおかしい論理だとは私自身も思いますが、ロリコンとLGBTを同じ性的嗜好でカテゴライズするなら、昨今のLGBTを認めよう的な風潮の中でロリコンだけが嫌悪されるのは違うんじゃね?と思ったわけです。(倫理的に全く別物だとは思いますけどね。実際に人間に手を出したわけじゃないし…。とも思うわけです。)
ここでロリコンを障害だと考えるなら、LGBTも同じなのかもしれないとも思うわけです。
(そもそもロリコンとLGBTを同列に捉えるんじゃねーぞハゲなんて言葉が聞こえそうですが、ではどう違うのかというと悪魔の証明になるんじゃないのかと。ここでは意図して障害という言葉を使っています。障がいって違和感あるんですよね。長くなりそうなのでこれは又の機会に)
そうするとまたLGBT認めよう的風潮でロリコンは迫害されるのかという話です。
ここで言っておきますが私はロリコンでもなければLGBTでもありません。一般的に同年代の女性が好きな俗に言うストレートの男性です。
そもそも人間の思考や行動なんかを作り変えてきているのが現代までの社会性(テクノロジーなど)なので考えてもキリがないとは思いますが…。
ちなみにツイートまとめの方では「犯罪抑止になるから良いんじゃね?って意見もあると思うけど、こういう形で売られているってことは、女児の身体を性的に見ることを認めているようなもんじゃね?」という内容があったり、
まとめコメントのほうでは「イギリス人はタブーだらけだね。」「日本以外だと実際に子供相手にそういうことやってるんじゃね?」なんてコメントも。
倫理という言葉で片付けられる問題ならLGBT問題も現代まで続かず、エニグマを解読したアラン・チューリングは自殺せずに済んだのではと思います。
この話に結論が出るのか否かはわかりませんが、私の他愛もない呟きでした。
ではまた。